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鳥取地方裁判所倉吉支部 昭和46年(ワ)63号 判決 1974年4月15日

原告

林房枝

被告

林義光

ほか一名

主文

1  被告らは原告に対し、各自金二一二万九、三三〇円および内金一九三万九、三三〇円に対する昭和四六年八月二一日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを五分し、その三を被告らの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

4  この判決は主文第一項に限り、かりに執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立て

1  原告

被告らは、各自原告に対し、五一一万九、三四二円および内金四九一万九、三四二円に対する本訴状送達の翌日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

2  被告ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二原告の主張

(請求の原因)

一  事故の発生

被告林義光は、昭和四三年八月二七日午前七時三〇分、普通貨物自動車(鳥4そ七五〇五号)を運転し、鳥取県倉吉市鴨河内字西上河原一四五八番地先幅員三・三米の道路を時速二〇粁で南進中、左にカーブする箇所に差しかかり、これを通過しようとした際、その運転車両を道路左側の九・一メートル下方の谷川に転落させ、同車に同乗していた原告は、右事故により、頭部外傷、頸部外傷性後遺症の傷害を蒙つた。

二  帰責事由

右事故は、被告林義光が前記左カーブに差しかかつた際、同所は幅員三・三米の狭隘な道路で左側が約一〇米のがけになつている危険な箇所であるから、前方を十分注視し、ハンドル操作を確実にして運転しなければならないのに、左カーブを通過後充分右にハンドルを切り戻すことなく、漫然進行した過失に基因するものであるから、直接の不法行為者として民法七〇九条により、被告御船時彦は、被告林運転車両の所有者であるから自賠法三条により、各自原告に生じた損害を賠償する義務がある。

三  損害

(1) 入通院治療費

(イ) 付添看護費用 九万二、〇〇〇円

(ロ) 入院中の雑費 三万四、一六〇円

(ハ) 通院交通費 七、四六〇円

(2) 逸失利益

原告は事故当時、満五二才の女子で、訴外池田春好の請負う造林事業に人夫として傭われ、一日一、三〇〇円の収入を得、一カ月二五日間稼働して年額三九万円の収入を得ていたものであるが、なお満六三才に達するまでの一一年間は就労可能であつたところ、本件事故による前記の傷害により、めまい、耳鳴り等が激しく、労働能力の大半を喪失し、人夫として稼働することは不可能となつた。よつてその逸失利益の総額は次のとおり三三五万〇、一〇〇円となる。

39万×8.590(11年のホフマン係数)=335万0.100

(3) 慰藉料 二〇〇万円

本件事故により前記のような傷害を蒙り、長期間の入通院治療を余儀なくされたほか、生涯にわたる後遺障害が残り、今後妻または主婦としての役務を果し得ない苦痛等を考慮すると、その慰藉料は二〇〇万円を相当とする。

四  損害の顛補

前記損害額のうち、自賠保険より五一万円、労災保険より一七万四、三七八円、被告林より八万円、以上合計七六万四、三七八円を受領した。

五  弁護士費用

原告は、本件訴訟のため、訴訟代理人に弁護士費用として、着手金二〇万円を支払い、謝金として二〇万円の支払を約している。

六  結論

よつて、原告は被告両名に対し、五一一万九、三四二円および内金四九一万九、三四二円に対する本訴状の送達の翌日以降完済まで年五分の割合による金員の支払を求める。

(抗弁に対する答弁)

抗弁事実はすべて否認する。

第三被告の主張

(請求原因に対する答弁)

1  請求原因第一項は認める。

2  同第二項中、本件事故が原告主張のような被告林の過失に基因するものであること、被告御船が本件事故車の所有者であることは認めるが、被告御船の損害賠償責任は争う。すなわち、被告御船は、訴外池田春好より、原告の夫林須那雄を通じて右自動車の貸与方を申し込まれてこれに応じたが、運転者である被告林は、当時右訴外池田に雇われ、同訴外人および訴外林須那雄の指示により、池田の雇傭する人夫を運送していたもので事故当時、被告御船は右自動車を自己のため運行の用に供していたものではないから、自賠法三条にいう運行供与者にあたらない。

3  同第三項、第五項は争う。

4  同第四項は認める。

(抗弁)

1  被告林の抗弁

本件事故による被告林の損害については、昭和四四年一月一九日、原告と被告林との間に

(イ) 被告林の原告に対する損害賠償(医療費、休業補償、慰藉料等の一切を含む)は、自動車損害賠償責任保険金および労災保険金をもつて充て、被告林に損害賠償を請求しない。ただし、自動車保険が支払われない場合は、医療費全額は被告林の負担とする。

(ロ) 三年経過後に後遺症が発生したときは、医師の診断にもとづき、被告林が損害の一部を支払うことを希望する。

旨の約定による示談が成立し、原告の損害賠償請求債権は消滅した。なお右の示談の成立については、原告の夫にあたる林須那雄が、訴外池田春好の請負う造林事業につき、岩倉部落の人夫の総責任者としてその作業および人夫の輸送、その他の関連業務について指揮監督にあたり、被告林は、右訴外池田、同林須那雄の指示に従い人夫輸送の任に当つていた関係上、訴外池田春好は被告林の雇主として、原告の夫林須那雄は池田の補助者として、いずれも岩倉部落の住民である本件事故の負傷者に対し、道義的責任のみならず法律上の責任を負担していたことに加え、本件事故による被害者が多数で、被告林の財産、収入等から見て、被害者らから損害賠償を請求されるときは、同被告の生活が破壊される結果となることを考慮し、被害者らは原則的に被告林に対し責任を追及しないこととし、後遺症が発生したとき、被告林に支払能力があれば幾らか損害の一部の賠償をして欲しいという意味で、原告と被告林との間に前記の示談が成立したものである。従つて前記示談条項(ロ)はかりに原告に本件事故による後遺症が認められるとしても、その損害について、原告に法律上の請求権はなく、その一部について被告が任意に支払うべき道義的責任を負うに過ぎない趣旨である。

2  被告御船の抗弁

かりに被告御船に法律上の損害賠償責任が認められるとしても、原告と被告林との間に、被告林の主張する示談契約が成立することにより、原告の損害賠償請求債権も消滅した。

第四立証〔略〕

理由

一  請求原因第一項の事実については当事者間に争いがない。そして本件事故は、被告林義光が事故車を運転し、幅員三・三米の狭隘な、しかも左にカーブし左側が崖となつている危険な箇所を通過するに際し、前方注視およびハンドルの確実な操作を怠つて運転した過失に基因して発生したものであることは当事者間に争いがないから、被告林は原告に生じた損害を賠償する責任を負担することは明らかである。

二  そこで被告御船時彦の運行供用者責任について検討する。被告御船が事故車の所有者であることは当事者間に争いがないところ〔証拠略〕によると、被告御船は、昭和四〇年五月以降造林作業の請負を業とする訴外池田春好より依頼されて、同人の使用する人夫をその居住地から作業現場まで運送することを専属的に請負つていたものであるが、昭和四三年八月二二日ころ、被告御船は訴外池田の使用人である訴外林須那雄を通じ、倉吉市岩倉方面に居住する人夫を、その作業現場である日野郡江府町鏡ケ成造林地まで運送することを依頼されたが、当時、倉吉市北谷方面の作業人夫の運送にあたつていた関係上、自ら運転することができなかつたため、訴外林須那雄らと相談のうえ、当分の間、作業人夫の一人である被告林義光に運転させることとして、被告御船はその所有する二台の車両のうちの一台である本件事故車を、右被告方まで運転してゆき、爾後の運転を被告林義光に委せ、その使用の対価は、訴外池田から直接受領することとなつていたことが認められ、〔証拠略〕中右の認定に反する部分は措信し難く、他に右の認定を左右するに足る証拠はない。

以上認定の事実によれば、被告御船は本件事故車の使用について支配を有し、かつその使用により、利益を享受していたものということができるから、自賠法三条により、原告が本件事故によつて蒙つた損害を賠償する責任がある。

三  つぎに原告の損害について検討するに先立ち、原告と被告林との間の示談の成立を理由とする被告らの抗弁について判断する。〔証拠略〕によれば、原告と被告林との間に、昭和四四年一月一九日付をもつて示談書が作成されていることが認められ、右示談書には、示談条項として、「自動車保険が出ない場合医療費は自己負担しない。ただし三年後に後遺症が出た場合医者の診断書の結果少しでも見て貰いたい」旨の記載があるほか、不動文字で「上記の条件をもつて本件双方異議なく円満示談解決いたしましたから、今後いかなる事情が生じても被害者は運転者並びに雇主側に対し、本件に関し、損害賠償、その他名義のいかんにかかわらず一切何らの異議申立をいたさないことはもちろん、訴訟等の行為も放棄いたすことを確約いたしました」云々と印刷されていることが窺われる。しかしながら、右示談条項として記載された文言は、その趣旨必ずしも明確でなく、印刷部分はいわゆる例文に属することのほか、〔証拠略〕によれば、本件事故等により、被告林義光は業務上過失傷害被告事件として公訴を提起され、その裁判の係属中、第五回公判廷(昭和四五年三月一六日)において、被告林の妻美佐子が証人として出頭し、本件事故による多数の被害者との間の示談の成否についての弁護人の質問に対し、特に原告との示談について言及し、「林房枝さんは野島病院から米子の労災病院へ変わられ、話合うきつかけがなくてまだ話がついていない」旨供述し、被告人も右公判期日に「林さんとは一応形式的には済んでおりますが、事情も変つておりますので、もう一度せねばならぬと思つている」旨述べていることが窺われ、右の供述に徴し、被告林においても確定的に示談の成立があつたものとは考えていなかつたことが推認されること、本件証拠上、右示談書の作成に際し、原告と被告林義光との間に、損害の賠償について実質的な話合いがあつた事実の認められないこと等の諸事情に、〔証拠略〕を併わせ考えると、前記示談書は、当事者間において法律上の効力を有する示談を成立させる意思のもとに作成されたものとは到底認め難く、被告らの抗弁は失当として排斤すべきである。

四  そこで原告の損害について検討する。本件事故により原告が頭部外傷、頸部外傷性後遺症の傷害を蒙つたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、本件事故当日である昭和四三年八月二七日より同年一〇月五日までの四〇日間と、同年一二月一三日から昭和四四年二月二二日までの七二日間の前後二回にわたつて北岡病院に入院し、昭和四四年六月一四日より昭和四五年一月三一日までの二三二日間野島病院に、昭和四五年二月二〇日から同年七月一一日までの一四二日間山陰労災病院に各入院し、退院後は同年八月二七日までの間同病院に通院して治療を受けたこと、右入通院のうち野島病院、山陰労災病院における入通院治療は、いずれも本件事故に基因する頭部頸部外傷後遺症によるものであることが認められ、北岡病院における一回目の入院はそれが事故当日より開始していることに徴し〔証拠略〕にかかわらず本件事故との因果関係が推認されるが二回目の入院については〔証拠略〕によれば、原告は事故前高血圧により治療を受けたことがあり医師北岡義尊作成の証明書にも咽頭炎、高血圧の病名が記載されていることが窺われるほか、〔証拠略〕によれば、原告においても右入院期間は、入院中慰藉料の項で除外して計算していることを併わせ考えると、本件事故との因果関係を肯認し得ない。そして〔証拠略〕によれば、退院後の昭和四五年八月一〇日現在においてもなお他覚的に脳波の異常、平衡障害が見られ、頭痛、項部痛、めまい等を訴え、治療を打切つた同月二七日以降も右の後遺障害は存続していることが認められる。そこで以下以上認定の治療の経緯、後遺障害の程度等を前提として原告の損害額について検討する。

1  治療関係費 三万四、一六〇円

北岡病院、野島病院、山陰労災病院の前記入院期間中に要した諸雑費は、経験則上入院日数四一四日間を通じ、原告主張の三万四、一六〇円を下らないものと認められるが、付添看護費用については、付添看護の要否およびこれを必要とした期間については証拠上不明であり、通院治療費については、その実診療日数の立証がなく、いずれも明確でなく認容し得ない。

2  逸失利益 一一六万九、五四八円

〔証拠略〕によれば、原告は事故当時満五一才(大正六年四月二日生)の主婦で、事故当時家事と家業の農業に従事するかたわら、時折、造林作業人夫として稼働していたことが認められるがその明確な収入額については、本件に顕われた全証拠によつてもこれを確定することができないけれども少くとも家事従業者たる主婦の労働力の評価額である一日当り一、〇〇〇円は下らないものと推認されるところ、前記認定の治療の経緯に照らし、事故当日の昭和四三年八月二七日以降山陰労災病院を退院した昭和四五年七月一一日までの六八四日間から、北岡病院の二回目の入院期間七二日間を除く六一二日間はその全額を休業損害として、退院後の昭和四五年七月一二日以降は労働能力の一部喪失による損害を逸失利益として、それぞれ請求し得るものといわなければならない。そして前記認定の後遺障害の内容程度に照らして考えると、その継続期間は退院後五年で、その間の労働能力の喪失率は三五パーセントと認めるのを相当とし、以上原告の休業損害および労働能力の一部喪失による逸失利益の昭和四六年七月一一日現在における価格を、年毎ホフマン方式計算法により年五分の中間利息を控除して算定すると別紙計算表記載のとおり一一六万九、五四八円となる。

3  慰藉料 一五〇万円

原告の傷害、後遺症の程度、その他本件証拠によつて認め得る諸般の事情を考慮し、その慰藉料を一五〇万円と認める。

4  損害の填補 七六万四、三七八円

原告が本件損害の填補として七六万四、三七八円を受領したことは当事者間に争いがない。そうすると原告の損害賠償請求債権は一九三万九、三三〇円となる。

五  〔証拠略〕によれば、原告主張の請求原因第五項の事実が認められるところ、原告の負担に帰すべき弁護士費用は一九万円を相当とする。

六  よつて原告の本訴請求は被告らに対し各自二一二万九、三三〇円および弁護士費用を除く内金一九三万九、三三〇円に対する本件訴状送達の翌日であること記録に徴して明らかないずれも昭和四六年八月二一日以降支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による金員の支払を求める限度で正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 名越昭彦)

別紙 計算表

1,000円×612=61万2,000円

36万5,000×0.35×4.36437(5年のホフマン係数)=55万7,548円

61万2,000円+55万7,548円=116万9,548円

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